
私たちを「留めるもの」と「突き動かすもの」
Vol. 236 : 2010/07/22
ある経営コンサルタントの方から伺った話です。
会社を倒産させてしまった社長たちでつくる会があり、
「自分たちが会社を倒産させてしまった最大の原因は何か」
について話し合ったのだそうです。
原因の1つ目はなんといっても「傲慢さ」。
自分はなんでも知っている、自分の言っていることは正しい
という態度です。
続いて、
「経営の原理原則について勉強を怠ったこと」、
「次を担うリーダーの育成を怠ったこと」、
「商品戦略が不十分だったこと」。
実に1つ目から3つ目までが「人」に起因する問題で、
4つ目になってようやく商品やサービスが顔を出します。
この会の倒産社長さんたちが教えてくれる重要な教訓は、
「人の言葉に耳を傾けなさい」ということでしょうか。
これはエグゼクティブ・コーチングにおいても
とても重要なテーマになります。
エグゼクティブ・コーチングのクライアントとなる方々は、
たいていはそこに至るまでの圧倒的な成功者です。
成功者だからこそ、その地位にあり、だからこそ会社も投資をして、
さらなる高みに昇ってほしい。
しかし、ここにやっかいな事情が横たわります。
成功した人ほど、人の言葉に耳を傾けづらく、変化を嫌う傾向が
強くなるのです。ピラミッドの上に行けば行くほど、
さらに、自分の行動に関するものならなおさらです。
「自分はなんでも知っている」、
「自分の言っていることは正しい」、
今さら人の意見に耳を傾けて、いったい何を変えなくてはならないんだ!と。
エグゼクティブ・コーチの世界的権威の一人である
マーシャル・ゴールドスミス氏はその著書※の中で、
次のように語っています。
人が周囲の声に耳を傾け、変化しようとするのを妨げるものは、
「私は成功してきた、今も成功しているし、これからも成功するだろう、
そしてその成功は自分が選んできたものである」という自分の中の
「強い信念」である、と。
こうした「強い信念」は、たいていの場合はプラスに働きますが、
唯一、行動を変えなくてはならないときには大きな障害となります。
ある外資系金融機関のマーケティング部門の執行役員を務める
Kさんが実はそんな一人でした。
Kさんはプレーヤー時代の実績はピカイチ。
企画力、実行力もあり、アイディア豊富、業界では
言わずと知れたキレ者でした。
が、唯一、パワハラ寸前のマネジメント、優秀な中核社員の部下も
数人は社を去り、疲弊感・閉塞感の強い職場が問題視されていました。
彼の上司は、KさんをCOOの最有力候補と考えていましたが、
Kさんのこの態度が改まらない限り、諦めざるを得ないと考えていました。
Kさんとのセッションは、スタートから緊張感のある
なかなか厳しいものでした。
部下からの匿名インタビューの散々たる結果を伝えたときでさえ、
「まあこんなもんですよ。育つやつは育つし、不満なやつは、
他でがんばればいいわけで。」と。
コーチングはクライアントの目的意識が何より重要ですから、
それが醸成されない限りは、場合によっては打ち切るしかありません。
半ば覚悟を決めながら、私はこのKさんの「自分は成功者である」という、
今や障害にもなっている「強い信念」が形成される前から
Kさんを突き動かしてきた価値(観)を探すことになりました。
さまざまなアセスメントを行いながら明らかになってきた、
彼を突き動かしそうな価値(観)は、どうやら「勝負には勝つ」
ということでした。
だからこそ、誰にも負けない実績を積み重ねてここまで上り詰め、
だからこそ、「自分の方が優れている」と、部下の提案を
こてんぱんに打ち砕いてしまうのでした。
そんなKさんには、実はこの世界に入ってからずっとライバルだった
他社のS氏の存在がありました。
「勝負には勝つ」ことを是としてきたKさんはS氏に負けるわけには
いかなかったのです。
さて、中盤に差し掛かった頃のセッションです。
私は思い切って聞いてみました。
「Kさん。このままのマネジメントを続けて、
Sさんには勝てそうですか?」
Kさんの表情がこわばり、動きが止まりました。
こちらも体が熱くなるのを感じます。
Kさんは腕を組みなおし、大きく呼吸した後いつもより低い声で
こう言いました。
「・・・参りましたね。」
それ以降のセッションでは、Kさんの普段の行動を細分化し、
その行動は、Kさんの成功に導くのに理にかなっている行動か、
それとも単に自分を正当化している行動かを
ともに見極めていくことになりました。
10回にわたるKさんとのセッションの終盤、Kさんから
こんなコメントを頂きました。
「私はね、部下にずっと変わってほしいと思ってきました。
自分のことはさておき、ですね。
もっと成果を出す行動を起こせ、もっと努力しろ、と。」
「でもね、彼らは彼らの基準の中で、自分のためになることを
やろうとしていただけなんですよね。私と同じように。」
Kさんとのセッションはもう終わっていますが、時々メールが来ます。
Kさんは今、部下が自分自身を突き動かしそうなスイッチを
探しているのだそうです。
そして、どうすればそのスイッチと、会社として向かいたい目標とを
繋げられるのかに悪戦苦闘しているそうです。
がんばれ、Kさん!
(※)「コーチングの神様が教える『できる人』の法則」
マーシャル・ゴールドスミス/日本経済新聞出版社
青木美知子
シニアビジネスコーチ


