
意気揚々とビジョンを語る
Vol. 233 : 2010/07/01
「S県事業部の業績が芳しくなく、そこの事業部長も
兼務することになりました。」
塾を経営する企業の役員Aさんは、現場たたき上げの役員です。
歯は真っ白、大きく開いた目でイキイキと熱く語ります。
その姿は、企業の立ち上げから現場を支え、
企業と共に成長してきた自信を感じさせます。
当初のコーチングのテーマは育成でした。
優秀な事業部長を育成していくための採用、教育、配置、
責任の範囲を言語化していく。そんなセッションが順調に進んでいた
今年の1月、兼務の話が持ち上がりました。
既に「優秀な事業部長の育成」を言語化していたため、
業績を上げるための施策は準備万全。
新しい事業部長の業務を開始しました。
しかし、S県事業部の状況は、想像していたものとは異なるものでした。
ここ数年の低迷により、組織全体に負け癖の風土が漂っていました。
会社に対する不満、会社を代表する役員への不信感も重なり、
業績と風土は一向に回復していきません。
Aさんは、纏めていた「優秀な事業部長の要素」を改めて見返すと、
あることに気づきます。それは、まだ自分のビジョンを伝えていない。
ということでした。
熱くビジョンを語り、スタッフを巻き込んでいく。
それは、Aさんの持っている強みでした。ただ、Aさんの心の中にも
不安があったようです。
・久々の現場であるため、現場感覚が戻るのかどうか、、、
・自分が役員であるため、現場と共にチームになれるかどうか、、、
そんな思いから、現場で起きている課題だけに意識が集中してしまい、
纏め上げていた「優秀な事業部長の要素」の重要なポイントである
「ビジョン」を伝えていなかったのです。
そのことに気づいたAさんは、直ちに行動に移します。
まず、全ブロック長を集め、合宿を開きました。
そして、開講の挨拶で自分のビジョンを伝えました。
「ぼくはね、このS県を良くしたい、って思っているんだ。
この地域の皆さんが幸せに生活していく、そんな環境にしたい。
そうすると、ぼくたちも幸せを感じられると思わない?」
「そうなるために、どんなサービスを提供していけるのか?
みんなには、そんなスタンスで事業を考えて欲しい。」
「成果に結びつく『授業』を実現させよう。
そうすると、お客様は必ずついてきてくれるはずだよね。」
「これからは、全スタッフ、みんなと話しをしていくから。
そして、S県を良くするアイデアがあれば、
ぼくにどんどん意見を言ってほしい。必ず実行すると約束する。」
その日は、白熱したディスカッションになりました。
スタッフの中にあった不平、不満、課題、今後の施策、
たくさんの意見が出てきました。
合宿で出た意見を実行に移していくと、S県事業部に徐々に
変化が生まれ始めます。今まで受身であったブロック長が、
自らミーティングを開催し、夜中まで戦略を練るようになりました。
同様にスタッフも自ら研修プログラムを発案し、
学生アルバイト講師への研修を自ら実施するようになりました。
なんと3ヵ月後には、近隣の県事業部の生徒募集が10%ダウンと
苦戦する中、10%近い新規生の増加を実現するまでになっていました。
Aさんは、ビジョンを語ることでS県事業部のスタッフの行動を
引き出しました。では、そもそも相手を動かすビジョンの伝え方とは
どんなものなのでしょうか?
世の中には、伝え方についての様々な書籍が出ていますが、
いろいろなリーダーをコーチしてきた中で感じる共通点があります。
それは、「意気揚々」と伝えていることです。
そして、「意気揚々」と伝えるリーダーの伝え方を私なりに分析すると、
大きく3つの共通ポイントがあることに気がつきました。
1つ目は、主語に「ぼく」を使っている。
「私」ではなく「ぼく」を使っているリーダーが多いようです。
素に近い表現になるため、ちょっとした親近感を部下は
感じるのかもしれません。そして、よりフランクな表現になるため、
ビジョンを語りかけられている、と感じてもらえる効果もあるようです。
(ただ、女性の場合は使えませんが。)
2つ目は、「そうするとね。」という接続詞を何度も使っている。
「○○したい!」というビジョンの後に、
「そうすると」の接続詞を入れて、未来肯定の表現を伝えています。
ビジョンを実行すると、こんなに良いことが起きるんだ、という
未来を喚起させています。その表現を何度も聞くことによって、
ビジョンを達成したいという思いを想起させています。
3つ目は、時折「歯」を見せて話している。
「歯」が見えている時は、話者は必ず笑顔に近い表情になっています。
東京大学の池谷裕二准教授によると、口角を上げて笑った表情を
作るだけで脳が影響を受け、考え方がよりポジティブになるそうです。
ビジョンを語る表情が笑顔であることで、リーダーのポジティブな
エネルギーを伝播しているように見えます。
合宿の開講の挨拶では、Aさんはまさにこの3つのポイントを使って、
「意気揚々」と伝えました。
「相手に行動を求める時は、ぼくの言葉で『意気揚々』と
ビジョンを伝える。そうするとね、それがスタッフの心を動かして、
会社が動いていくんですよ。」
Aさんは真っ白い「歯」を見せながら、最後のセッションで
話してくれました。
熊澤真
エグゼクティブコーチ


