
上司は成長するカタリスト
Vol. 231 : 2010/06/17
触媒のことを「カタリスト」と言います。
触媒は、化学反応の速度を速める物質ですが、
反応の後でも、それ自体は変化しない存在です。
オキシドール(過酸化水素水)に触媒の二酸化マンガンを投入すると、
酸素がブクブクと発生する理科の実験を覚えている方も
いらっしゃるのではないでしょうか。
部下にとっての上司の存在とは、成長の反応速度を速める
「触媒」のようなものだと思うことがあります。
* * *
ある販売会社で辣腕の営業マンだったAさんは、
部下が営業に行く前には、必ずこんな会話をしていました。
「今日はTさんのところに行くんだね。
Tさんは即断即決のタイプだから、AとBとCの資料を忘れずに持っていって
すぐ答えられるようにしておけよ。じゃ、行って来い!」
部下が帰ってきて、「部長の言うとおりでしたよ。」
と笑顔で報告してくれるのが何よりも楽しみでした。
実際、こうしたきめ細かい指導の甲斐あって、
他の部に遜色ない業績をあげ続けていました。
そんなある日、会社の指名を受け、Aさんはコーチングを
受けることになりました。
何回目かのセッションの後、部下に3分間でコーチしてみることになりました。
部下が出かける前には「この商談でどこまで話を進めたいの?」と質問する。
そして、帰ってきたら「どうだった?次はどうする?」
と質問することにして、しばらく試してみました。
「・・・正直なところ、やるんじゃなかった、と思ったよ。
3分間の会話で私が思い知らされたのは、
『あ、部下は自分でここまで考えられるんだ・・・』
ということなんだ。これじゃあ自分の居場所がなくなってしまう。
自分の経験を部下に教えることが自分の存在意義だと思っていたのに・・・」
思いがけず部下の急激な成長に直面したAさんは、
何ともおぼつかない気持ちを同期の部長に話しました。
そんなAさんの話に黙って耳を傾けていた同期は、
「おまえ、消毒液のオキシドールって知ってるか?」
と唐突に聞いたそうです。
「オキシドールって、放っておいても勝手に酸素が抜けていって、
ただの水になるんだ。でも、二酸化マンガンを放り込むと、
勢いよく酸素が抜けていく。ブクブクってな。」
Aさんは、小学校か中学校の理科の実験の様子を思い出しました。
「おまえは二酸化マンガンなんだ。部下の成長を促進する
『触媒』に過ぎないんだよ。」
「触媒に過ぎない」と言われ、思わずAさんは
「俺だってちょっと前までは、第一線でブクブク酸素出してたんだ。
いつだって部下に代わって酸素くらい出すさ。
第一、触媒に過ぎないなんて地味すぎる。」
と反発したそうです。
「でも、触媒があるからこそ、劇的な変化が起こるんじゃないかな。
おまえにブクブク酸素を出させていたのは誰なんだ?」
そう聞かれ、一呼吸おいて若かりし頃の自分に想いをはせたAさん。
「自分を成長させてきたのは、ひとつひとつ取り組んできた仕事そのものだ。
でも、成長を加速させたのは、苦しいとき、迷ったときに一緒にいてくれた
上司の一言だったなあ、、。」と、何人かの上司の顔を思い浮かべはじめたとき
もやもやしたものが少しづつ晴れるのを感じたそうです。
この一件の後、Aさんは部下をコーチしながら、自分が投げかける
質問のひとつひとつが、部下の中でどんな反応を起こしているのかを
興味深く観察している自分に気づくようになりました。
「きっと、『生涯一営業マン』でいたかったんでしょうね。
でも、これからは『触媒』としての役割へ自分を変化させる必要があるようです。
自分を『触媒』だと思って部下に関わってみると、なかなか面白いものです。
思わぬ変化をする部下を見て、そこに醍醐味を感じるようになりました。」
* * *
上司は部下の成長を加速させるカタリスト。
ただ、自らも変化し成長するカタリストなのです。
北方伸樹
シニアビジネスコーチ


